話題

  • [著者]木村真三(きむら・しんぞう/獨協医科大学准教授),[構成]稲泉連(いないずみ・れん/ノンフィクション作家)
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双葉町には160年帰れない――放射能現地調査から/木村真三|特集 二年後の被災地にて 「新潮45」13年3月号

 被害者の分断

 原発事故から二年が経ち、こうした現実を見つめる上で強く意識しなければならないのは、被害=放射能の汚染だけではないということです。
 多くの方が福島第一原発事故を考えるとき、今も放射線量の高さや被ばくの可能性を中心に議論しています。しかし、福島第一原発の事故による影響は、避難生活でのメンタルストレス、家族が離れ離れになることで生じた亀裂、地域を構成する人々が変化したことによる住民同士の対立、子供のいじめ問題など様々な方向へと広がっています。
 それらは全て原発事故がなければ起きなかったことなのです。地域社会にもたらされたそれらの事態を全て被害としてとらえなければ、決して事故の真相は見えてこないし、被害者支援の枠組みからこぼれ落ちてしまう人たちが必ず出てきてしまう。言い換えれば、放射能汚染に被害を限定すること自体が、被災者の苦しみを「分断」することに他ならないのです。
 社会問題として考えれば、福島における原発事故が広域の公害問題であることは明白です。イタイイタイ病や水俣病と同じように、企業城下町で大きな汚染が発生した。町の人々はその企業によって潤っていた反面、一度事故が起これば精神や肉体が蝕まれ、謂れのない誹謗中傷によって差別を受ける。そのために自ら命を絶つ人も現れ始める。日本の公害史で繰り返されてきたことが、この原発事故でも起こっているのです。
 それは私が現地での調査を続けているチェルノブイリでの事故後に生じた「分断」と同じものでもあります。彼らは旧共産圏の住民でしたから、移住先での住居やあらたな仕事に就くことは日本よりも容易だったかもしれません。しかし、地域の中で培ってきた生きがいは奪われ、郷土から引き離されたという傷や恐怖は多くの人々の心を蝕みました。
 たとえ収入が復活しても、そこには絶望があり、アルコール依存症になった方や生活の乱れから命を縮めていった人々がいました。今年はチェルノブイリの事故から二七年目となりますが、この事故はそのような社会的な観点からほとんど評価されてこなかった歴史を持っているのです。
 だからこそ日に日に強まっていくのは、福島を第二のチェルノブイリ、二七年後のチェルノブイリにしては決してならない、という思いです。
 先に私は震災以降、福島県各地を「ホームステイ」をしながら調査する生活を続けてきたと言いました。
 一昨年の七月に設立したNPO「放射線衛生学研究所」の事務所は郡山市にありますが、自分が寝泊まりする拠点をあえて作らず、調査の中で出会った好意ある方々のもとを転々としています。今では「今度はいつ来んだ。顔見せねえから寂しいぞ」と電話を受け、「じゃあ、明日行く」といった形で彼らを訪れることも増えてきました。荷物や着替えも各地に置いてあり、ほとんどフーテンの寅さんのような気持ちです。
 そのような形で調査を行う理由は、住民の方々とともに寝泊まりし、土壌の調査をともにしながら話をすることで見えてくる真実、苦悩があるからです。
 放射能を調べるという作業は、世の中の見えなかった問題、隠されていた問題を焙り出す作業と切っても切れない関係にあります。だからこそ、研究者という立場だけで物事を見ていると、必ず見落としが生じてしまう。だからまずは一人の市民としての視点を持ったうえで、どこから切りこんで行くかを研究者の目線で考える必要がある。そして「分断政策」によって国の支援の規模が縮小されていく恐れがあるならば、そこから浮かび上がる様々な現実をしっかりと見なければならないし、伝えなければならない。 
 その意味で私にとって福島での活動は「研究」ではありません。あくまでも「調査」として人々の生活の中に分け入っていく。そこに暮らしている人、暮らさざるを得ない人、さらには県外に避難された方々も含めて、「研究」という視点で扱ってはならないのがこの原発事故の問題の本質なのです。
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