【図5】 「十戒を受け取るモーセ」 『バリー・セイント・エドマンズの聖書』 1135年頃 ケンブリッジ コーパス・クリスティ・カレッジ蔵
角のあるモーセが登場する最古の作例は、11世紀初めのイングランド写本『エルフリックの聖書注解挿絵』です。ラテン語訳ではなく、自国語に翻訳した聖書が使われたイングランドでは、古英語の聖書がくだんの箇所を〈gehyrned(角の生えた)〉と記したため、角のあるモーセが多く描かれました【図5】。その後は宗教劇の影響等もあって、角のあるモーセの図はヨーロッパ中で定型となりました。
【図6】 「冥府降下」 『フィッツワーリン詩篇』 イングランド 1350-70年頃 パリ国立図書館蔵
誤解から生じた「角」ですが、わかりやすい目印です。【図6】は14世紀半ばにイングランドで描かれた詩篇集の挿絵。磔刑後、キリストは黄泉に下り、キリスト以前に死んだ義人たちを助けます。「冥府下り」と呼ばれる場面です。顎が外れそうなほど大きく口をあけた怪獣は「地獄」を表します。地獄の扉を蹴破って、サタンに打ち勝ったキリストがまず助け出すのは、アダムとエバ。背後にモーセがいるのも、角があるので一目瞭然。