「サムソンとライオン」 ストレットン・サガス セイント・メアリ・マグダレン聖堂 テュンパヌ部分(現堂内壁) 12世紀
モーセとともにエジプトを脱出し、荒野を40年間さまよった末、約束の地カナン(いまのパレスチナ)に辿り着いたイスラエルの民。しかしイスラエル王国の建国まではさらに数十年間、土着の諸部族との戦いが続きました。その戦いにおける英雄──エフド、ギデオン、エフタ、サムソン、サムエルなど──を「士師」と呼びます。「裁く人」という意味です。なかでも、キリスト教美術でよく描かれるのはサムソンです。その名はヘブライ語で「小さな太陽」の意。素手でライオンを倒すほどの剛力なのに、女性にはめっぽう弱い。
【図1】 「サムソンとライオン」 アンジー=ル=デュック 聖堂 柱頭 フランス 12世紀
サムソンが活躍したのは、イスラエルの民が土着のペリシテ人に支配されていた頃です。そのペリシテ人の娘に恋をしてしまったサムソン。両親の反対を押し切り、求婚するため娘の家へ向かいます。途中、ぶどう畑で一頭の若獅子に遭遇します。襲ってきた獅子をサムソンは素手でとらえると「子山羊を裂くように」引き裂いたそうです。
獅子を倒すサムソンの話は、死に打ち克つ「強き王」としてのキリストを表すと見なされ、とくにロマネスク時代の聖堂彫刻で眼にします。その表現はさまざまですが、わたしは、ライオンの口の描きかたが気になります。サムソンが獅子の口に手をかけて、そのまま怪力で獅子の体を引き裂こうとしている作例が多いからです。ブルゴーニュ地方アンジー=ル=デュックの聖堂の柱頭彫刻【図1】では、サムソンは獅子の片目を塞ぎながら、口に手をかけています。その両足の描かれかたからすると、らくらくと戦っているようです。