南相馬の特撮ヒーロー
そんななかで武藤さんは他のボランティア仲間や地元の有志とともに、せめて子供たちに何か一つだけでも楽しみを作りたいと考え、「相双神旗ディネード」という名の特撮ヒーローのDVDを制作した。「ディネード」とは「地震・津波・原発事故にも負けんでねえど」という福島弁からつけられた。内部被曝を抑えるためのうがいや手洗いを楽しく教えようとの企画で、相馬・双葉地区の全ての保育園、幼稚園、小学校に配布した。彼自身も「アダマイ博士」という役で出演し、現在も月に何度かのショーイベントに参加している。
その物語の中に次のようなシーンがある。正義のヒーロー・ディネードが、一〇〇〇年ぶりに相双地区に復活した獣の化身・アクビシンを倒した後のこと。福島市出身で同じく移住者である大石加那美さん演じるアクビシンは、「どうして相双をめちゃくちゃにしようとするんだ」と問われ、こう答えるのである。
〈私たち動物は海とともに生きてきた。私たち動物は山とともに生きてきただけなのに、おまえたち人間が先に私たちから海や山を奪った! 鳥は実を食べる代わりに種を運ぶ。虫は花の蜜を吸う代わりに実を結ぶ手伝いをする。でもあなたたち人間は、自分たちが生きるためだけに奪うばかり。人間が汚した海や山を、私たちが奪い返そうとして何が悪い!〉
そして正義と悪が和解していくこのシーンが上映会で流れるとき、ヒーローの活躍に興奮する子供たちの横では、思わず涙する大人も多いという。
「僕らは結局この物語に悪役を作る気になれなかったんです」と武藤さんは言う。
「街には原発関係の仕事で生計を立ててきた人も、発電所関連の職業に就く親を持つ子供もいる。単に反原発だと太鼓を叩くのではない、もっと複雑な思いをみなが抱えているからです」
震災から二年が経ったいまも、街では放射線量や補償金、雇用、避難行動の違いなど様々な問題が絡み合い、先行きは不透明なまま時間ばかりが過ぎていく。地元の人々にとっては自明のものだった自然――その自然と人との和解の物語を描くことは、それでも「よそ者」としてこの街の風光明媚な風景に魅せられ、人の優しさに触れたのだと一様に語る彼らが、「何も言えなくなっていく」なかでできた精一杯の試みであったのだろう。
水口さんとともに週に二日間、インドアパークで働く大石さんは、だからこそ――と次のように言った。
「最初は歩いたり走ったりという動作がぎこちなかった子供たちが、一生懸命に走り回るうちに段々と姿勢がよくなってくる。ブランコもできるようになっていく。ときどきこんなふうに思うんです。私たちにできるのは、ここで頑張っていくと決めた人たちが少しでも安心して遊べる場所をより良くしていくことだって」
昨年四月に警戒区域の指定が解除された小高区に行けば、そこには未だ二年前の津波の被災地を彷彿とさせる光景が残っている。壊れた家、動物の糞や死骸が目につく故郷を見て、それでも戻りたいと心から願う人もいる。
「お墓に行くとさ、新しいお花が必ずお供えしてあるんだ。まだ二年しか経っていないのに、そんな人たちのことを忘れてしまっていいわけがないよね」
大石さんの言葉を受けるようにこう語った武藤さんは、いまも震災後の四月に初めて来た街の光景を思い出す。
「あの時期に比べれば、今は飲食店も始まったし、夜も開いている居酒屋がある。たとえ小さな変化であっても、街の人たちは本当に喜ぶ。そんな様子を見ているとね、僕ら外から来た人間にできるのは結局、いろんな選択肢がある中で悩み、いまここで暮らす人たちの側にいること、彼らの『いま』に対して少しでも力になっていくことだけなんだ、と思うんです」