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アブラハムの妻たち 「アブラハム(前編)」|キリスト教美術をたのしむ 金沢百枝
 けっきょく、サラは子を産み、「イサク」と名づけられました。その名はヘブライ語で「笑う(イツハク)」の意。サラは「神がわたしに笑いかけて下さったから」と名づけの理由を述べていますが、サラが予言を「笑った」ためでもあるのでしょう。

 イサクが成長すると、サラの心を占めるのは、アブラハムの跡目を誰が継ぐのか。サラはアブラハムに、ハガルとイシュマエルの母子を追放するように願い出ます。【図3】の中央右、濃紅色の背景の部分がこの場面。アブラハムにとっては、イシュマエルも我が子。不愉快に思い、神さまに相談したところ、イシュマエルも立派な民の父祖とするから、サラの思うようにさせるがよい、との答えでした。翌朝早くに起きたアブラハムは、パンと水の入った革袋をハガルに与え、母子を荒野へ送り出しました。

【図8】 クロード・ロラン 《ハガルの追放》 1668年 ミュンヘン、アルテ・ピナコテーク蔵
【図8】 クロード・ロラン 《ハガルの追放》 1668年 ミュンヘン、アルテ・ピナコテーク蔵

 この主題は、17世紀の風景画の点景として、しばしば描かれました。風景画の名手クロード・ロランは、朝焼けのなか、心細げに旅立つ母子を描いています。

 荒野を彷徨ったあげくに革袋の水が尽きたとき、ハガルは息子を灌木の下に置き去りにし、やや離れた場所に行ったと聖書にはあります。我が子の死を見るのは忍びないと思ったからです。そして、声をあげて泣きました。すると神さまは天使を遣わし、ハガルを勇気づけます。

「ハガルよ、どうしたのか。恐れることはない。立って行って、あの子を抱き上げ、お前の腕でしっかり抱き締めてやりなさい。わたしは、必ずあの子を大きな国民とする」(『創世記』第21章17節)

 荒野でひとり、わんわん泣いていたハガルを救ったのは、この暖かい言葉でした。その後、冷静さを取り戻したハガルは、井戸をみつけ、母子は生き延びました。イスラーム教では、イシュマエルはマホメットの祖先とされています。

【図9】 カミーユ・コロー 《荒野の中のハガル》 1835年 ニューヨーク、メトロポリタン美術館蔵
【図9】 カミーユ・コロー 《荒野の中のハガル》 1835年 ニューヨーク、メトロポリタン美術館蔵

 19世紀の画家カミーユ・コローは、この舞台を、竜舌蘭が生え、ごつごつした岩のある荒野としました【図9】。すでにぐったりした息子を前に天を仰ぐハガルのもとへ、さっそうと飛来する天使の姿が心強い。
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