【図3】 「アブラハム、ロト、アビメレク、サラ、ハガル」 『アッシュバーナムのモーセ五書』 制作地不明 6世紀末~7世紀初め パリ国立図書館蔵
この場面が描かれることはきわめて稀ですが、『アッシュバーナムのモーセ五書』の一葉に、病床のアビメレク王と、サラとアブラハムが家畜を連れてエジプトを去る場面があります【図3】。エジプト王の御殿は、白亜のローマ建築。王の私室では女たちが泣いています。画面右下は、解放されたサラの手をとってアブラハムが町を出て行くところ。背景の色が、王都は豪華な赤なのに、解放の場面では野原を思わせる緑を用いているのが巧み。
父祖となるはずのアブラハムですが、サラには子ができません。サラは悩んだ末、エジプト人の女奴隷ハガルを夫にさしだします。ハガルは身ごもり、女主人を軽んじるようになりました。憤懣やるかたないサラ。ハガルにつらくあたり、身重のハガルは耐えきれず逃げ出します。このあたりの人間関係は、昼ドラのようにドロドロ。ただし異なるのは、ハガルには神さまがついていること。荒野の泉のほとりで、天使に勇気づけられたハガルは、アブラハムの元に戻り、息子イシュマエルを生みました。アブラハム86歳の時でした。
【図4】 「アブラハムの饗応」 サン・ヴィターレ聖堂 モザイク壁画 ラヴェンナ 6世紀前半
アブラハム100歳のとき、ふたたび神が現れました。真昼の暑さのなか、マムレの樫の木の下でアブラハムがふと目をあげると、3人の男たちがいました。アブラハムは地にひれ伏し、粗相のないよう客人を涼しい木陰に案内します。ご馳走の準備も急がせました。サラにたいして、上等の小麦粉を3セアほどこねて「早焼きパン」を作るよう指示しています。3セアは15リットル弱ですから、かなりな量です。また、アブラハムは牛の群れの中から、やわらかくて美味しそうな子牛を選んで調理させました。当時、肉は年に数回の祭でしか食べられないご馳走ですから、裕福なアブラハムといえども、最高の歓待だったはずです。
ラヴェンナのサン・ヴィターレ聖堂のモザイク画では、大樹の下の食卓には光背のある3人が座し、アブラハムが給仕しています【図4】。手に持った皿には、子牛料理というより、ミニ牛が鎮座しています【図5】。
【図5】 「アブラハムの饗応」部分 サン・ヴィターレ聖堂 モザイク壁画 ラヴェンナ 6世紀前半
アブラハムの背後で、くすりと笑っているのがサラです。なぜ笑っているかというと、客人(神)が、サラに男の子が生まれると予言したからです。それを耳にしたサラは、「自分は年をとり、もはや楽しみがあるはずもなし、主人も年老いているのに」(『創世記』第18章12節)と思い、ひそかに笑ったのです。すると客人は、なぜ笑ったかとサラを問い詰め、「主に不可能なことは何もない」と断言します。
【図6】 アンドレイ・ルブリョフ 《聖三位一体》 板 テンペラ 1411年/1425-27年 モスクワ、トレチャコフ美術館
3人の客人は、三位一体の象徴ともされています。とくに東方正教会(ギリシア、ロシア、東欧の教会組織。11世紀に神学論争でカトリックと袂をわかった)では、三天使のみが登場するイコン画が多く描かれました。15世紀ロシアのイコン画家アンドレイ・ルブリョフ作の《聖三位一体》は、その最高傑作のひとつです。見ていると心が落ち着いてくる不思議な絵です。
【図7】 《聖三位一体》 ガラス絵 ルーマニア、オルト地方 19世紀前半 ダンク・コレクション
ビザンツ絵画の伝統は、ルーマニアのガラス絵イコンにも引き継がれました【図7】。樹下の天使たちをアブラハムとサラが接待しています。テーブルの上にあるのはどう見ても子牛ではありません。ミロの抽象画のよう。