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ノアの泥酔と宇宙 「ノアの箱舟と大洪水(後編)」|キリスト教美術をたのしむ 金沢百枝


アンドレア・ピサーノ フィレンツェ大聖堂鐘楼浮彫 1337~43年 大理石 現大聖堂博物館蔵
アンドレア・ピサーノ フィレンツェ大聖堂鐘楼浮彫 1337~43年 大理石 現大聖堂博物館蔵

 大洪水を生き延びたノアには、3人の息子がいました。セムとハムとヤフェテです。ヤフェテの子孫は北と西(小アジア、カスピ海、地中海沿岸部)へ、ハムの子孫は南(アフリカ、カナン)へ、セムの子孫は東へ、すなわちメソポタミアやアラビアに広がってゆきます。そのセムの子孫こそ、アブラハムにつながる、つまりキリストにつながる血筋でした。イギリスのカンタベリー大聖堂のステンドグラスでは、球形の「世界(MVNDVS)」を、セムとハムとヤフェテが分割しており、それをエクレシア(教会の擬人像)が心配そうに見守っています【図1】。

【図1】 「世界を分けるセム・ハム・ヤフェテ」 カンタベリー大聖堂北側廊 ステンドグラス 12世紀末-13世紀初め
【図1】 「世界を分けるセム・ハム・ヤフェテ」 カンタベリー大聖堂北側廊 ステンドグラス 12世紀末-13世紀初め

 この3兄弟については、いささか不思議な話があります。

「さて、ノアは農夫となり、ぶどう畑を作った。あるとき、ノアはぶどう酒を飲んで酔い、天幕の中で裸になっていた。カナンの父ハムは、自分の父の裸を見て、外にいた二人の兄弟に告げた。セムとヤフェトは着物を取って自分たちの肩に掛け、後ろ向きに歩いて行き、父の裸を覆った。二人は顔を背けたままで、父の裸を見なかった。ノアは酔いからさめると、末の息子がしたことを知り、こう言った。『カナンは呪われよ/奴隷の奴隷となり、兄たちに仕えよ。』(「創世記」第9章20~25節)

 酔っぱらって裸で寝ちゃったお父さんを息子たちが介抱するというような、のどかな話ではないようです。ノアは目覚めると「末の息子がしたこと」に激しく怒りました。「末の息子」がしたことが何なのか、聖書には記されていません。後代の人々は、忌まわしすぎて書けないほどのことを想像し、泥酔状態のノアへの性的暴行だったと考えました。犯人が誰の息子かもわかりません。ノアの裸を見たのはハムですが、奴隷の身分に落ちるよう呪われたのはカナンです。カナンはハムの「末の息子」とされる説が一般的ですが、ノアの末子である可能性もあります。いずれにせよ。大洪水後も、人の心に悪は残っていたのです。

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