ゴッホは欺く〔上〕 ジェフリー・アーチャー、永井淳/訳 |
湯谷昇羊(ゆたに・しょうよう)
1952年、鳥取県生まれ。「週刊ダイヤモンド」編集長を経て、2008年よりフリーの経済ジャーナリスト。著書に『「できません」と云うな―オムロン創業者 立石一真―』など。
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ジェフリー・アーチャーは1969年、最年少議員として下院に登場するが、投資に失敗して無一文に。作家となった後、上院議員に復帰、スキャンダルで辞任、偽証罪で服役、と話題の多い作家である。
政治家としても実力はあったのだろうが、それより作家として超一流である。彼の作品は、経験に基づいたものも多く、英国を中心とした貴族(本人が一代貴族・男爵)、政治、銀行、ホテル、百貨店、刑務所などの制度や仕組みがよく理解できるし、何よりその裏側を覗き見ることができるので、単なる娯楽としてだけでなく知的好奇心もくすぐる。
今回は、ゴッホの有名な(かつ高価な)絵画「耳を切った自画像」を題材に、これを不正に入手しようとする銀行家と、それを阻止しようとする主人公が登場。2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件が絡み、登場人物の行動を縛る。前半は、銀行の美術コンサルタントの女性主人公、それを狙う殺し屋、FBI上級捜査官という会話もしたことのない3人が、まさに「息をもつかせぬ」「手に汗握る」という形容詞が相応しい展開をみせる。そして意表をつく結末が待っている。
ジェフリー・アーチャーは、同じ出来事を複数の登場人物の視点から描くことを得意としているが、今回も同じ手法を使っている。彼の作品を読んで裏切られたことは一度もないが、この作品もこれまで同様、一級品のエンターテインメントである。