矢来町ぐるりとは？

　お店の良心やプライドを外からおし量るのはむずかしい。しかし、洋菓子店に限って言えば、プティフールを毎日丁寧に作っている店は、たいへん良心的で仕事に対してプライドがある、と言えるのではないだろうか。
　プティフールとは、一口サイズの小さなケーキのことだ。日本では悲しいかな、ほぼ見かけることがない。なぜなら、ものにはすべて作りやすい大きさというものがあるからだ。わずか3～5センチの極小菓子は、ちまちまとして作りづらいことこの上ない。しかも普通サイズのケーキと同じ手間なのに、小さいから、という理由で、値段は高く設定できない。ならば、値段も取れて、見栄えのするフルサイズを作ったほうがいいに決まっている。
　にもかかわらず、驚くことに「パティスリー カー・ヴァンソン」は、常に10種類ほどのプティフールを作り続けている。この店は神楽坂に開店すると、一年ほどで地域を代表する人気店に成長した。ショーケースをのぞくと、いるいる、ちんまりとかわいいプティフールたちが。定番は、濃厚な風味のガトーショコラや酸味の利いたタルトシトロンあたり。中でも、ぴかぴかのグレイズが美しいエクレア・カフェ90円也は、とてもお値打ちだ。定番に混じり、時には、シュー皮を2段に重ね、5ミリほどの小さな星型の口金でクリームをあしらったフランスの古典菓子ルリジューズに、はりねずみやうさぎ形のシュークリームなど、凝った意匠のものが並ぶこともある。ルーチンワークに陥らず、常に悦びを持って作っているに違いない。パティシエールの石井ヴァンソン敬子さんの志の高さが見て取れる。