「動物の名づけ」 エルフリック『モーセ六書注解』 イングランド 11世紀 大英図書館蔵
『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』というロック・ミュージカルがあります。2001年に映画にもなりました。冷戦期、東ドイツからアメリカへ亡命するため、性転換手術を受けて米兵と結婚し、母親の名前を貰ってヘドウィグとなった青年の愛の物語です。題名の「アングリー・インチ」とは、手術の失敗によって1インチほど残ってしまった男性器の痕跡。股間の膨らみが発覚して若い恋人に逃げられ、作った曲も盗まれて、人生ぼろぼろなヘドウィグ。「彼女」が歌う歌は、どれもせつない。とくに、プラトンの『饗宴』に出典をもつ「愛の起原」という歌には、胸がきゅんとします。
プラトンによると、この世のはじめ、人間は球形で顔は2つ、手足は4本あったそうです。2人の人間が背中合わせにくっついた状態で、性は3種類。男と男、女と女、そして男と女のペアです。彼らは2面の顔を使って360度見回すことができましたし、8本の手足を使ってとんぼ返りをしながら、猛スピードで大地を駆け回る。しかし、愛を知らない彼らは、凶暴でした。傍若無人な振る舞いに腹を立てた神々は、ある日、策を練りました。人間をひとおもいに滅ぼしてしまえばスッキリするけれども、そうしたら大地を耕すものも、神殿に捧げものをするものもいなくなってしまう。全滅させるのではなく、弱らせるにはどうしたらいいだろう、と。そこで、球形人間の威勢を削ぐため、「髪の毛でゆで卵を切るように」人間をまっぷたつにしました。それ以来、人間はみずからの半身を求めて彷徨うようになったといいます。自分の「片割れ」をみつけたい、その「片割れ」とずっと一緒にいたいと思い悩むようになりました。愛の起原です。