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  • [評者]小川糸(おがわ・いと 作家)
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行き着けば日本のかご――[文]小川糸[おがわ・いと 作家]
行き着けば日本のかご [文]小川糸

 高価な宝石にも、ブランド物のバッグや靴にもさほど興味はないけれど、かごだけは別である。すてきなかごに出会ってしまうと、所有欲がむくむくと顔を出し、どうしても家に連れて帰りたくなってしまうのだ。まるで自分がそのかごと恋に落ちたかのように錯覚し、相思相愛、是が非でも自分のそばに置きたくなる。

 そんなふうにして、世界中からはるばる連れて帰ってきたかご達が、我が家にはたくさんある。たとえ同じような姿に見えても、同じかごはふたつとない。作られた場所や、編んだ人の息づかい、大げさなことを言ってしまえば、編み手の人生そのものが、そこには宿っている。たかがかご、されどかご。かごの世界は、本当に奥が深い。

 人生で、最初にかごと出会ったのは、小学生の時だった。
 お小遣いを持って近所のデパートに行き、小さなかごバッグを買った。
 私はそれを持って、小学校に通っていた。制服を着て、ランドセルを背負い、片手にかごを下げている小学生は、ちょっと異様だったかもしれない。でも、それが私にとってはオシャレだった。幼いながらに、手になじむ素朴な風合いがすてきに思えたのだ。

 20代を共に過ごしたのは、パリで出会ったアフリカのかごバッグ。ころんとした丸っこい形で、一部に色違いの繊維で模様が入っている。持ち手が革でできていて、丈夫で軽く、どこに行くのにも一緒だった。だけど、さすがにくたびれて、繊維がほつれてきた。パリに行くたび、同じようなタイプを探したのだけど、どうしても見つからない。

 あきらめかけていた矢先、石垣島のおじいが作る、極上のかごバッグに出会った。
 島の植物であるアダンの根っこを採取し、乾燥させたものをより合わせ、カゴの形に編み込んでいく。そこに、革をあしらってバッグに仕立てた、手間隙かかる一品だ。

 この石垣島産のかごバッグが、今は自慢の相棒である。確かにお値段は少々お高かったけど、一生使うと思えば安いというもの。そう、気がつけば私も、日本のかごに行き着いていたというわけだ。

 本書には、この国で作られた様々なかごが紹介されている。
 こだし編みのアケビのかごは、わが家では洗濯物を干す時のハンガー入れとして使っているし、二戸の椀かごは、根菜などの保存に、同じく二戸の蓋つきのかごは、おにぎり入れとして愛用している。築地で見つけた市場かごは、もっぱら銭湯に行く時のお風呂道具入れだ。

 私にとってはかごもまた、犬や猫や小鳥と同じく、人生を共にするパートナーと言える。少しずつ年をとり、朽ちていく姿もまた、愛おしい。プラスチックの製品は時間が経つとみすぼらしくなるけれど、自然の素材で作られた道具は、時が経つほどに味わいを増し、美しくなる。何よりも、そばに置いておいて気持ちがいいし、最終的には土に戻ることができるというのも、清々しくて立派な生き様ではないか。

 私も若い頃は、まがい物の安価なコピー商品を、ずいぶん買った。でも、気がつくと、そういうかごは、いつの間にかいなくなっていた。結局、長く連れ添うことができるのは、この国の風土に合う、時間をかけて丁寧に作られた日本のかご。本物には、揺るぎのない凛とした強さがある。

 ページをめくりながら、幾度となくため息がこぼれた。けれど、日本のかごの将来は、決して安泰ではないという。こんなに素晴らしい手仕事を、なくしてはいけない。だから、やっぱりせっせと集めなくちゃ。

 たくさんのかごに囲まれて人生を終えること、それが私のひそかな夢なので
ある。

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