食・暮らし

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43 日本の野生|能登 ごはん便り 赤木明登+赤木智子


 福島県の山の中で鍛冶屋をやっているお友だちから「鹿肉」が届いた。犬が病気で、犬の先祖はもともとオオカミで、生肉が主食だったはずなので、食を自然の姿に戻すことが治癒のきっかけになるかも、なんてことをうちのトモコさんがどこかに書いたからだった。

 犬はあたりまえのようにして生肉を食っていたが、病は癒えることなくやがて逝った。犬がもらった肉のお裾分けで僕たちも鹿肉の恩恵にあずかるというのが本当のはずだったが、実際にそのほとんどを食べたのは人間の方だった。だってあまりにも旨かったんだもの。大喜びして肉食している人間の横で犬も僅かばかりのおこぼれで喜んでいた。それでいいのだ。

 そういえば、うちの子どもたちがまだ小さかったころ、「うちでは犬をかっているのだが、なんのためにかっているのかしっているかい?」という質問に、「かわいいから!」とか「いっしょにあそぶの!」とか答えるので、「いいや。くうためだ!」と僕が言って、「そんなのかわいそうだからダメ!」と抵抗するので、「いいや、ぜったいにくう」「たべない!」「くうのだ!」「いや~!」「きゃあ!」と言い争いになって、最後には泣き出してしまうという事件があったのを思い出した。僕が子どもたちに伝えたかったのは、「今でこそ人間と犬の関係はうまくいってはいるが、文化や社会的背景がちょっとかわれば、すぐに食うか食われるかみたいなことにもなるんだぞ、こころしておくように」なんてことではぜんぜんなくて、ただひまつぶしにからかっていただけなのである。

 実際のところ、犬はまだ食ったことがないが、鹿はこうしていただいてしまった。鹿がわが家に届いた背景にはさらに奥行きがある。鍛冶屋は、また鉄砲猟師でもあった。それがあの事故以来かなわぬこととなる。獲物を検査してみると、全くなんにも出ない個体もあるのに、そのすぐ近くでものすごく出る個体もある。相手が目に見えないものなので、手に負えない。結局、猟は止めざるをえなかった。その話を聞いた猟師仲間が、わざわざ北海道からエゾシカの肉を送ってくれたというのだ。そのお裾分けがうちに来た。

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