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10 施工会社の奮闘|松原隆一郎+堀部安嗣 阿佐ヶ谷書庫プロジェクト



 堀部さんから書庫プロジェクトの最終プランを提示されたとき、実は家内がその場でかなり大きな変更を提案しました。けれどもそれは私が引き留めました。私の要望が却下されたから家内のも認めたくない、というのではありません。あれだけ要望を伝えたのに堀部さんが敢えて退けたのだから、リスクを承知で最終的に私が気に入る案を出してきたに違いなく、そのプランを飲まないなら最初から依頼しなければ良いと思ったのです。私が決断することで堀部さんは、一定の水準以上の成果を上げる責任から逃れられなくなるでしょう。

工務店の仕事

 そしてここに、私が予期しなかった「阿佐ヶ谷書庫プロジェクト」第三の主役が登場します。堀部さんの「最終プラン」を目の当たりにし、私も含む書庫プロジェクトに共鳴して、ともにカネとリスク、さらに情熱を賭けようという人々です。それが施工会社として名乗りを上げた「時田工務店」、そして子会社で実際に建築を請け負う「アルボックス時田」でした。
 建築家に設計を依頼すれば、実際に建てるのが工務店(施工会社)であるのは当然のことです。けれども今回、私が理解していなかったことがありました。現場監督や職人さんが現場で知恵を絞り脂汗を流し、さらに工務店の経営者がリスクを冒さなければ、今回の堀部さんの設計図は実行されないということです。それほどこの「最終プラン」は、施工者にとって厄介な内容を持っていました。
 堀部さんの選んだ候補は、当初二社ありました。けれども一方は、私の予算ではかなり素材を変更してもさらに何十万円か足りず、またドーム型の天井は技術的に無理だと回答しました。ところが他方つまり時田工務店は、同じ予算と仕様、ドーム天井も可能との返事です。「ミニマムは保証する、途中でデザインを変えてくれとは言わない」と付け加えたというのですから、心強いではありませんか。
 もちろん、前者も堀部さんが日頃つきあいのある優秀な工務店です。けれどもそれぞれの工務店にはやり方の「方程式」のようなものがあり、その式で計算できない部分についてはリスクが高く、それだけ請け負いづらくなります。あまりに特殊な図面だと、想定されるリスクの分は高く見積もるしかありません。優秀な工務店すら合致する方程式を持てるとは限らないのが、今回の最終プランらしいのです。しかし私は時田工務店がこの仕事を引き受けた理由を、工事が進み話をいろいろと伺うまで、理解できていませんでした。

 時田工務店の時田芳文社長、そしてアルボックス時田の専務で運営を担当している西村慶徳さんとお会いしたのは地鎮祭(2012年5月11日)においてでした。阿佐ヶ谷駅前の神明宮から神主さんを呼び、狭い土地の四隅に青竹を立て、その間を注連縄で囲って祭場とし、神様が降臨して我々が祈るといった一連の儀式を行いました。その後、会食の場に移動し、今回現場を仕切って下さる精鋭チームを紹介されました。現場に張り付くのは設計もこなす白井敦寛さん、監督は昨年末に埼玉県の「県土づくり優秀建設工事施工者並びに優秀代理人」として表彰された渡邉平さんです。西村さんは総監督として、堀部さんとの連絡調整を行います。
 時田工務店は、阿佐ヶ谷から車で一時間以上離れた熊谷市にある施工会社です。建築には多種多様な職人さんが関わり、施工会社は職人さんを組織しなければなりません。「アルボックス時田」は株の一部を職人さんに持ってもらう形で地域の技術を伝承するために作られた、熊谷の職人さんのネットワークです。通常は会社から半径5kmの仕事を中心に地元の職人さんを集めるのですが、今回は主に熊谷からと、伝手をたどり東京から神奈川まで広域にわたる職人さんのスケジュールを押さえてもらいました。
 ドーム天井ひとつをとっても、堀部プランを実行するには左官や鉄骨など職人の経験や応用力が必要です。その編成が当初の大仕事で、それは2011年の東日本大震災のせいで困難になっていました。というのも腕こきの職人さんが昨今では減っている上に、多くが東北地方の復興にかり出されているからです。それでもやっていけるだけの職人さんを指名できたのは、時田工務店の人脈のなせるわざです。「本当にギリギリでした」と西村さんは会食の席で言っていました。

 それともうひとつ、ポイントがあります。時田工務店は、2012年の後半に中央線で三駅ほどの東中野にもうひとつの住宅建築の仕事を請け負っていたのです。二つの仕事を同時進行させるため、費用面で有利になるのでした。こうして渡邉さんは二つの現場の監督を兼ね、東中野と阿佐ヶ谷を自転車で往き来することになりました。東中野の現場には一時的に事務所を借りたとのことで、毎日の熊谷帰りが夜10時になる白井さんは、週の半分はこの事務所に泊まる生活を始めました。仕事にかける情熱がなければ、できることではありません。

工務店から見た堀部建築

 それにしても何故、時田工務店がリスクをとってまで利益がさほど出るわけでもない書庫プロジェクトにそれほどの情熱を持って当たってくれたのでしょうか。時田社長は、堀部さんの印象を、こう私に語っています。
「彼の設計はみな何気ないんですが、ただものすごく個性がある。いつでも彼は彼の新しい建築テーマを持っているんです。見た目に建築のにおいは彼なんだけど、手法は全部違う。クライアントとの状況の中で新しい建築を構想し、それを静かにやろうという意識があります。その彼がリスクを冒してやってくれって時田(工務店)に言って下さるんですから、トライをさせていただいています。」

 過去に堀部建築を3件、施工した西村さんは、こう評します。
「シンプルだけどすごく計算されてる。いろんなことが、若いのに老練さっていうのを感じるくらい整理されてる。形がシンプルで、逃げ場がなくても、ぎりぎり施工できるというところが、わかっている。
 図面を見たら、やりたくなくなる人もいるんですよ。ちゃんと設計が煮詰まってないとか、この部分は理解してないとか。それは図面を見ればわかる。(堀部さんは)そうじゃなくて難しいけど整理されているというのがあったんで。で、お互いに意志が通じ合ったというか。
 工事をやりながらも、(堀部さんは)設計を続けてるんです。固定しないで残しておいて、最終的に現場で決める部分がある。そんな大きな部分じゃないですけど、そういうことによって全体の見え方も違ってきますから、そういうのは決して手を抜かない。現場にとってはなかなか決まらないんで、一緒にやっていく意識がないと非常につらいですよ。通常の自社物件は自分達が設計もやっているので一緒にやっていける。ただ施工だけやってる人は非常につらいと思います。」

施工のハードル

 しかし「最終プラン」の設計図と模型を見た瞬間、一同、顔を見合わせて、「うーん、これは……」と唸ったといいます。
「絶対おもしろいでしょうね。他に誰もやってないから。非常にコンセプチュアル」と、時田社長。「ちょっと見たこともない空間なんで、かなり圧倒するようなものができるだろうなということは想像できました。でも、たいていの業者が逃げますよね。(利益を)のっけても、ちゃんとした精度が出せるという自信がなかったら、尻込みします」と西村さん。この「精度」というのが、外部が直角を一つも含まない四辺形、内部が三つの円となる双方打ちっ放しの鉄筋コンクリートでした。

 施工の側からすれば、外壁がコンクリート打ちっ放しでも内側の円形を鉄骨で作るのであれば、鉄骨の円筒は綺麗に立ち上がります。そして鉄骨の円筒に階段を掛け、本棚をはめこめばよいだけです。リスクもない。現場は狭いので資材が置けないとしても、それらは熊谷である程度まで作り、運んできたり持って帰ればよい。
 ただし、双方が打ちっぱなしでも、壁の厚さが等しければ、つまり内外がともに円で同心円が描かれるような状態なら、さほど難しくはないそうです。鉄筋コンクリート(RC reinfoRCed concrete)は、内と外の「型枠」を木の板で作り、その間に鉄筋を組んでから生のコンクリートを流し込みます。同心円ならば内と外の二枚の型枠が平行に並ぶので、その間を同じ長さの「セパレーター」という金具でつないでやれば、均等の力で引っ張って、枠の板が開かないように固定できます。コンクリートは微妙に脹らむものですが、なんとか整形できるのです。
 対照的に堀部プランでは、外が四角形、内が円であるために、二枚の型枠の距離がすべてのポイントで異なっています。そのせいでセパレーターを溶接しても、引っ張る力は均等にはかからず、型枠が固定されないで動く可能性があります。そうなればいったん付けたセパレーターを全部切り離してもう一度溶接し、微調整しなければなりません。しかもコンクリートを打設(流し込む)する際には、生コンを管で吸い上げたりするのでかなり揺れもします。それに耐えるように型枠とセパレーターを設置しなければなりません。
 最難関は、この躯体の内側の精度をいかに上げるかでした。なにしろ内側のコンクリートには、直接に階段が接続されるのです。それだけにコンクリートの躯体が高い精度で円になっていないといけない。躯体が美しく円筒形にくりぬかれて初めて、それに接続される階段と手すりが螺旋を描くことができ、本棚も円筒の壁に沿います。それら階段・手すり・本棚が、半地下から天窓までをつなぐさまがこの建築の見せ場となるのです。時田社長が「コンセプチュアル」と表現したのは、内部の壁を鉄骨で代替せず、わざわざコンクリートをくりぬくかのようにした点でした。
 ドーム形の天井も、鉄骨をドーム形に組んでから隙間なく表面に白色の板を貼り付けるのは緻密な作業ではありますが、それでも躯体から離れた鉄骨に貼ればよいのですから、コンクリートの形状の精度はさほど問われず、難度はさほど高くありません。



コンクリートを打設するための型枠づくり(施工の詳細は第2回第3回の「工事現場から」を参照)


 時田工務店でRCの現場を数多く手がける監督さんたちも「これは大変だわ」と言い、ベテランも集めて、どうやったらちゃんとコンクリートを打てるのか、型枠のはめ方についてブレーンストーミングを行ったそうです。型枠の大工さんが不足している時期ということもあって、西村さんは、いったんは「やりたいけどちょっと難しいかな」と尻込みしたのだと言います。
 けれども時田社長は「クライアントと設計者と施工者、三者が等しく価値観を共有していいものをつくろうということだから」と言い聞かせ、西村さんも「(堀部さんに)『松原さんとの特殊な関係から作るんで、ぜひやってもらいたい』と言われたので、そこまで言われると」と、納得したのだそうです。こうして私が堀部さんの背中を押し、堀部さんが仕組むに至った冒険のリスクを、三者で引き受けることになったのです。
 なにしろ重要なのは、職人さんの確保です。高い精度が必要な仕事に取り組む情熱のある職人さんをなんとか日程を合わせて確保しなければならない。そのスケジュール編成が立ち、いよいよ掘削工事が始まりました。2012年、6月4日のことです。

地下からガス管が現れる

 しかし、のっけから、気がかりな事態が起きました。H鋼を地面に打ち込もうとしたら、これが入らない。仕方ないので掘ってみたら、大きなコンクリートの塊が道路側から敷地内にはみ出しています。かなり大きいので、これは壊すのに費用が掛かります。それで私が不動産会社を介して一年前の契約時にお会いした売り主さんに連絡をとり、「瑕疵担保責任」に当たることを確認し、費用を持ってもらいました。
 ほっとしたのですが、それは波乱の兆しにすぎませんでした。一週間後の6月11日、重機で地面を掘っていたところ、また固いものに突き当たります。どうしようかとなり、構わずドリルでがんがんとやる手もあったのでしょうが、一応ゆっくりと地面を掘ることにしました。そうすると信じられないことに、早稲田通りから太いガス管が、これも敷地内に20cmほど進入していました。周囲の家に分岐している、生きている本管です。早稲田通りにあると指定されているのに、なぜか正規の場所ではなく敷地内に出ていたのです。



 一同、息を飲みました。もしパイプを突き破っていたなら、掘削していた人は生命を脅かされたところでしょう。地域住民には避難命令が出たはずです。「その施工責任者は僕ですから、何か万が一にあった場合には刑事責任を含めて僕が全ての責任を取らなくちゃならなかった」と時田社長は述懐します。
 10日後、東京ガスの方が5名、やってきました。「問題のガス管は都道である早稲田通りができたときから埋まっており、現在は道路管理者が区画の境界をはっきりさせるが、当時はそうでなかった。都が間違ったのかどうかは分からないが、どちらかが原因ではある」とのことでした。
 説明を受けても当方の表情は硬いままでしたが、謝罪係というのがいるのでしょうか、90度以上腰を折って謝り、撤去にかかわる費用の一切を負担すると言います。こうして一難は去ったのですが、面倒なことが残りました。都に掘削許可を申請すると警察に道路使用許可も貰わねばならず、少なくとも3ヶ月はかかるというのです。
 東京ガス側は、夏場なのでガスを止めても不足はしないからとりあえず切断して蓋をし、都への申請は別途通しましょう、と提案しました。しかしそれにしても、ひと月半は工事ができません。ということは、優秀な職人さんを確保するスケジュールが総崩れになり、いちからやり直さなければならないのです。とくに型枠大工さんが、逼迫しています。費用関係が解決してほっとした私の脇で、西村さんは青ざめていました。
 暑い夏に向け、工事は止まったままになったのでした。



※「工事現場から」画像をクリックすると拡大します。
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