七年ほど前、家を一軒いただいた。それもいわゆる見ず知らずの方から、出会ったその日に「あげます」と言われて、「いただきます」と、応えてしまった。世の中には、不思議なことがあるものだ。
十年ほど前から、空き家を探していた。仕事が増え、職人さんも大勢になり、いまの工房が窮屈になっていた。ならば、古い農家でも借りて余裕のあるスペースを作ろうと思いたった。
知り合いの土建屋さんから声がかかって、取り壊しを依頼された家があるのだけれど、あまりにも立派で、もったいないと思うのでこれを利用してはどうでしょうかと。とんで見にうかがうと、間口九間奥行六間の壮大な古民家。一尺もありそうな太い柱。うずたかく盛り上がる茅葺き屋根。明治期の建物だろうか、すばらしい。その場で、補修して使いたかったが、持ち主と交渉すると、移築して別の場所に建てて欲しいと言われた。見積もりをとると案の定五千万円を超える金額。とうてい無理な数字であきらめるしかない。
とうとう取り壊しが決まって、最後のその姿を目に納めておこうと、工房の職人さんたちを連れて行く。黒い服を着た若者がウロウロするのを見とがめて、近所の爺さんが出てきた。おまえら、いったい何もんや、って。これこれこういうわけでと、説明して爺さんは納得してくれたらしい。なのにしばらくして、また出てきて、おまえら、ちょっとこい。呼ばれて家にうかがうと、客がいた。五十代のお母さんと、二十代の息子さん。あんたたち、家をお探しなら私んところはどうかね。よかったらいまから案内するけれど、山のてっぺんでもかまわないか。はい。というわけでついて行った。坂道をどんどんのぼって、高いところに三軒の家が並んでいた。ここなんやけど。屋根は瓦になっているが、建物の規模は先の茅葺きとかわらない。入口に大きな欅の木が一本立っている。大きな納屋に土蔵もある。いいねぇ。すぐに気に入って、お借りできますか。いや、登記してくれれば、それでいいから。はて? それはお譲りいただけるということなんですね。それではおいくらくらいでしょう。いや、登記だけでいいんよ。はて? それはどういうことなんでしょう。うちらはお金は、いらないから。はて? それは、ひょっとしてくれるってことですか? そうや。いえいえ、そういうわけには……、いましがた出会ったばかりで。いや、お金はいらん。いえいえ、それは困ります。いらないんで、もろうてください。なんて押し問答がしばらくつづいて、結局、ほんならもらいます。ということになってしまった。帰りの道すがら、ぼくたちはちょっと狐に鼻をつままれている的な気分になった。
数日後、家主の家を訪ねると、街中のこれまた立派な新築三階建て。あそこの家には、お婆さんが一人いたんやけれど、もうこっちに引き取ったさけ。あのまんま置いといても不用心やし。つぶすのにもお金がかかるさけねぇ。はぁ、そういうわけでございますか。とにかく有り難いです。
という経緯で、土地と母屋と納屋と蔵とまとめてもらってしまったのだ。すぐに職人さん半分を引っ越しさせて、工房を二つに分ける。広々として、当初は快適だったが、しばらくすると工房が分かれると効率が悪くなることが判明。ものも頻繁に移動しなければならないし、そのつどぼくも行ったり来たり。コストもその分かかってくる。うんざりして二年くらいで職人さんを元の場所に戻し、家はまた空き家となった。