一年ほど前、音楽家のつのだたかしさんと、建築家の中村好文さんと、九州に遊んだ。鹿児島から新幹線に乗り、途中まだ繋がっていないところをリレーして、福岡へ向かい、佐賀に足を伸ばした。唐津では、つのださん馴染みの店に入り、カウンターに三人並んだ。昼間から盃を傾け、肴と寿司をつまむ。ちょうど出たばかりのCDの話。
「今度の演奏も、なかなかいいですねぇ。一歩も二歩も退いてうしろに控えてる感じで…」
ソプラノは冨山みずえさん。伴奏は、つのださんのリュート。
「最初に聴き終えたとき、あれ? つのちゃん演奏してたっけ? て、感じで。でも、耳を澄ませば、しっかりと輪郭があって、やっぱ、これが無きゃ始まんないんだなという…。みずえちゃんの歌もいいよ。ものすごい集中してんのに、聴いてて緊張しないもの」
つのださん、おしりをくねくねさせながら、「こう、ずんずん前に出てくる感じは、ヤですからねぇ」
「器も、かくありたいもんです」
「建築も、そうでなきゃぁねぇ」
「ところで、阿部さんのお寿司、いい香りがしますねぇ」
「うむ。まったくです」
「物質的なニオイじゃなくて、別のね、何なのかな」
「僕の所には、老舗の高級料亭からは注文来ませんけど、若くて才能溢れるような料理人の最初の店なんかに頼まれるんですよ。器を納めてから、店が開いて、よろこんで食べに通うでしょ、するとねぇ、ときどきあるんですよ。この香りが…。香りというのか、内側から放っている光のような」