話題

  • [著者]木村真三(きむら・しんぞう/獨協医科大学准教授),[構成]稲泉連(いないずみ・れん/ノンフィクション作家)
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双葉町には160年帰れない――放射能現地調査から/木村真三|特集 二年後の被災地にて 「新潮45」13年3月号



 土方学者

 一昨年の震災からの二年間、私は福島県内の各地をホームステイしながら、現地での調査を続けてきました。
 ニッカボッカ姿で住民の方々と一緒に土を掘り返し、除染作業を行ってきたからでしょう、いまでは「土方学者」と親しみを込めて呼ばれています。これを私は最大の褒め言葉だと思っているんです。
 福島第一原子力発電所での事故以降、これまでに九〇〇〇人以上の内部被ばく調査を行なう傍ら、二本松市やいわき市の志田名地区における「放射能汚染地図」の作成など、月のうち三分の二は福島県内で調査を行っています。残りの三分の一はライフワークであるチェルノブイリの調査でウクライナに滞在しているため、休みというものが全くない文字通り年中無休の日々を送ってきました。
 私が福島県内の調査を始めたのは、福島第一原発の一号機が水素爆発を起こした三日後、三月一五日のことでした。医師ではありませんが、放射線衛生学の専門家である私は、勤めていた厚生労働省の労働安全衛生総合研究所(安衛研)に辞表を提出し、NHKのETV特集取材班とともに計測器を持って現地へ向かいました。後に放射線測定の権威である岡野眞治先生も合流することになり、その模様は「ネットワークでつくる放射能汚染地図」として放送されたので、ご存知の方も多いと思います。
 安衛研では、原発内での作業が労働安全衛生法に抵触するか否かの判断を求められます。実はその中で違反件数が最も多かったのが福島第一原子力発電所でした。よって東海村JCO臨界事故、中越沖地震の際の柏崎刈羽原発の事故と同様に、福島第一原発では何か大きな災害が重なれば事故が起こる可能性が高い――そんな予感を抱いていたものの、これほどの大きな事故が発生するとは思っていませんでした。
 当時、職をなげうってまで現地調査にこだわったのは、この事故の影響について国や原子力ムラによる隠蔽工作が必ずや起こる、という確信があったからです。
 福島第一原発の事故の後、発生した「放射能雲」によって日本は全国的に広く汚染されました。放射性物質を大量に含んだ雲は山々を汚染し、町々を汚染しました。その後も雨が降れば山肌に付着した放射性物質が洗い流され、河川と海洋に汚染が広がります。
 福島市や郡山市では三月一五日の夕刻、大量の放射性物質を含んだ雲が通過しました。東京ではそれより早い午前一〇時~一二時にかけて放射線量のピークがあり、私が台東区の自宅マンションで計測した放射線量は一時間当たり一μシーベルト(Sv)を超えていました。
 ところがテレビを見ると、枝野幸男官房長官(当時)は「ただちに健康に影響はない」と発言しており、有象無象の「研究者」たちが安全だと繰り返し解説しているのです。彼らが市民に対して警鐘をならしていない事態を目の当たりにし、何度もテレビ局に抗議に行くべきなのではないかと迷いました。それを堪えて福島県に向かったのは、自分がここで可能な限りのデータを取っておかなければ、例えば後になされるかもしれない隠蔽に対して、動かざる証拠をもって闘うことができなくなる、と考えたからでした。
「放射能雲」が発生した当初の風向きを見ると、初期の頃にはいわき市を汚染しています。現在のいわき市は事故前とほぼ変わらない放射線量で、市は一昨年の四月二二日には安全宣言を出しました。
 ところが、そのひと月前の三月二四日~三〇日、原子力安全委員会は福島県内の約一二〇〇名の子供たちを対象に簡易甲状腺検査を行っているのです。その結果、いわき市在住の四歳になるお嬢ちゃんが三五mSvの被ばくをしていたことが分かった。
 早々に安全宣言が出されたいわき市の子供が、大きな被ばくをしていたという事実を我々はどのように受け止めればいいのでしょうか。このような子供たちが放置されてしまっている現状に一つひとつ対峙するとき、結果的に最初に行った「放射能汚染地図」の調査は、問題を訴えていくための重要な基礎データとなり続けているわけです。
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