


「今度の演奏も、なかなかいいですねぇ。一歩も二歩も退いてうしろに控えてる感じで…」
ソプラノは冨山みずえさん。伴奏は、つのださんのリュート。
「最初に聴き終えたとき、あれ? つのちゃん演奏してたっけ? て、感じで。でも、耳を澄ませば、しっかりと輪郭があって、やっぱ、これが無きゃ始まんないんだなという…。みずえちゃんの歌もいいよ。ものすごい集中してんのに、聴いてて緊張しないもの」
つのださん、おしりをくねくねさせながら、「こう、ずんずん前に出てくる感じは、ヤですからねぇ」
「器も、かくありたいもんです」
「建築も、そうでなきゃぁねぇ」
「ところで、阿部さんのお寿司、いい香りがしますねぇ」
「うむ。まったくです」
「物質的なニオイじゃなくて、別のね、何なのかな」
「僕の所には、老舗の高級料亭からは注文来ませんけど、若くて才能溢れるような料理人の最初の店なんかに頼まれるんですよ。器を納めてから、店が開いて、よろこんで食べに通うでしょ、するとねぇ、ときどきあるんですよ。この香りが…。香りというのか、内側から放っている光のような」